信州・飯田に住む主婦:つぶあんが 息子6歳と娘4歳2007年に生まれた息子                   そしておとぼけダーリンとのおかしな生活を公開中☆☆
母つぶあん、きがつけば体重が減っていた
周りから『やせた?』と聞かれる度に『夏で薄着しているせいだよ〜』
なんて応えていたけどどうやらホントに痩せていたらしい(自覚ナシ)
そして痩せた原因はダンナにごり押しで買った『wii fit』のおかげじゃなく
あわただしすぎてしょっちゅう朝ごはんを食べ忘れていたり、
昼ごはんを食べる時間が無かったりするだけではないかと推察


テツは小さいときから細身のチビ
二の腕に無駄な肉はなく、関節がクッキリしているが
最近は背も少しずつ伸びてきたものの、あいかわらず肉のない手足がひょろひょろしている
たまに『抱っこしてくれ』というので
『かわいいなあ』なんて思いながら抱っこすると、
骨ばったい腕やら足やらが私の腕の中に収納しきれずあわあわしてしまう、
まるで生まれたての子鹿か子馬を抱きかかえているかのような錯覚に陥る

そのてんフサコは、ムチムチプニプニ。いつまでたってもオデブチン。
『がけの上のポニョ』の歌を歌う姿はポニョそのものでおかしい
お風呂に入ると日に焼けていないオシリが真っ白で、
日に焼けた背中と白いオシリのコントラストを見るたび、鈴カステラを思い出す
鈴カステラ
そんなオシリも最近中和されてきて夏の終わりをしみじみと実感する
娘のオシリで秋を感じられるなんて幸せだ
小学生のテツ、宿題が少ない
と思うつぶあん。

計算ドリル1ページだけ

とか、

音読二回のみ

など。
ひどい(?)ときは
今日は授業がハードだったので『おうちでゆっくりやすむ』が宿題です
なんて時もある
宿題が多いのがいいのか、少ないほうがいいのかはちょっとわからないのだけれど・・

そんなわけで5分もしないうちに終わってしまう宿題


多すぎるとそれはそれで心配なのだが・・・

運動会も終わり少し落ち着いた時期だったので、
オリジナルの計算ドリルを作成し子供にやらせていた友人をマネてみた
計算ドリル
ノートに足し算引き算を考えながら問題を作っていくのが、なんと楽しい
小学1年生の算数なので
5+4=
6+4=
こんな感じを繰り返す

あ、『4』二回も出しちゃったから今度は『7』で行こう
などと1から9までの数字をバランスよく使うことにこだわってみたり、
『足し算ばっかり続けて、引き算にすると引っかかるかな』なんて
引っ掛け問題をつくろうなんて意地悪心でムラムラしたり♪
今は、3つの計算や、二桁計算まで来てるので問題の幅も広がる広がる。

子供も、私が作っているところを見ているのでつぶあんオリジナルを解いていくのが
ゲーム感覚になるらしく嫌がらない(むしろ私を急かすくらい喜んでいる)
算数ができる、できない、ではなく数と触れ合うことが楽しいと感じてくれるのがいい

小さいうちは、『好きこそもののじょうずなれ』だもんね


入学式の前にクラス発表がある。
何組になるか学校に張り出されるので入学式を待たずに見に行くことができる
早速テツとフサコの手をとりマキオをおんぶして行ってきた。

ちょっとワクワクしながら『何組になってるかなあ〜?』とテツに話しかけるとテツは

『どおする〜?オレ、いきなり5ねんせいかもよぉ♪』


・・・・・



クラスではなく、何年生になるのかなのかと思ってたらしい

テツよ、学年は一年生からって決まっているのだよ

4月に入り、フサコの保育園生活が始まった。
テツの卒園式以来の保育園。
初日だからお昼寝布団を脇に抱えて子供の手を引き玄関へ入るママサンたち
玄関で笑顔で迎えてくれる園長先生
いつもと変わらない風景だ

だけど年長のクラスにテツの姿はない。
背が小さいから教室の窓から見えるのはいつも小さな頭だけだった
その小さな頭が元気に動くのを確認してから保育園を後にしていた

そんなテツの姿もなければ
今まで担任でお世話になっていた先生も
テツの友達も
3年間同じく送り迎えをしてきたママたちの姿もない

10日前となんら変わらない外見なのにまるで違う保育園のようだ。



ここはテツの保育園だったんだ


と改めて思う。

入園式、テツと初めて門をくぐったあの日からここはテツの保育園だった

『テツとフサコの保育園』でもない。どちらかというと『テツの保育園』にフサコが通っていたという表現が近いな。


テツのいない保育園の中で寂しさでいっぱいになる。

せつない

何か、心の中がからっぽになったような。
からっぽなのに、中になにかが残っていることを探したい。

だけど、やっぱり何もないことを確認している
テツは小学生だもんね。

ごめんね、今日からやっと『フサコの保育園』になる
今日からはフサコの手だけをつないで保育園にかよう
本を読んでもらうのは好きだけど、
実は、紙芝居を読んでもらうことのほうが大好きなテツとフサコ。
多分子どもはみんなそうだろう。

図書館で紙芝居を借りてくることにハマッている

今まであまり、絵本や紙芝居を借りたことが無かったのでその豊富さに驚き、さらに
紙芝居の内容を見ながら探すことが結構大変なことに驚いた。

テツの紙芝居を選ぶ基準は

話の長さ

(ちなみにフサコは手当たりしだいだ)

長ければ長いほど喜ばしいことであるようで、表紙の説明部分のページ数を必ずチェックして選ぶ
ひとつの話で大体8〜12ページ
お気に入りは
『前編』『後編』に別れているもの(何を選んでも必然的に長くなる。しかも、必ず二回読むことになるから)

前後編に別れているものになると山ほどある紙芝居の中でも、少なくなり選ぶ時間も多少短縮される。
それでも悩んで悩んでテツが選んだものは、

『ハーメルンの笛吹き』

ネズミに悩まされたハーメルンという街はネズミを一掃してくれた青年に対して報酬を払わず、仕返しに笛を吹いて子どもを連れて行ってしまうというよく知られた物語であるが、
『子どもを連れ去られた後』どうなったか思いだせず、読み聞かせながら結末を多少ワクワクしていたら、

『子どもを連れ去られておわり』

だった。
みもふたもない結末の上、しかも実話であるというオチまでついていて、読んだあとの余韻がすこぶる悪い

テツとフサコは物語がどうこう、というよりは、『親に読んでもらった』ということが重要であるらしく大変喜んでいたのだが『水戸黄門』のような起承転結がしっかりしているフィクションに慣れているわたしとしては、スッキリしない

次にテツが借りてきたのは
『前編』『後編』に別れていないのに24ページもある!
という理由だけで選ばれた


ごんぎつね


日本昔話でも名作中の名作。最後が悲しいあれである。
ダンナが読んだ。

痛々しいラストシーンはごんがうたれたところで終わっている。そのあと何の説明もないところに後味の切なさを増幅させる。
しかし上手に読めないダンナ、クライマックス最後の一行をおもいっきり噛んでいる。

感動台無しである

感動台無しの駄目押しは、テツの

『悪いキツネだからしょうがないねえ』という感想。

そうか〜、悪いキツネだよなあ。。。だけどさあ。。。と思いつつも言葉が出ない。
子どもの感想は意図するものとはぜんぜん違う意見でも大切だよな・・・

もう少し情緒面が成長することを祈るつぶあん


またまた図書館で『話がながいからおかあちゃんにたくさんよんでもらえるかもー♪』という理由で借りようとしたのが、

安寿と厨子王


どうして暗くて悲しい話ばっかりえらぶんだ?でも、ハッピーエンドか?うーん。
絶えられずテツに
『もう少し明るいお話にしなさい』と選びなおしを命じた

長い話は悲劇な話が多いのか。

安寿とずしおうをあきらめて借りてきたものはなんと、『前編』『後編』どころか、『中編』までついている超大作

物語は比較的明るかったが母の悲劇はまだまだ続きそうである