ゴールデンウィーク。
いつもの休日と変わらない毎日を過ごしているつぶあん一家。
今日はテツとダンナはおでかけ。
留守番の私とフサコはしばらく庭で遊んだ後実家へ行ってみた。
家に居たのは私の母とゲッツだけ(弟のこと。ゲッツの由来はコチラから)
家に行くと母がうれしそうに
「ゲッツが新聞デビューしたのヨオ♪ホラホラ」
と言ってローカル新聞を持ってきた。
メーデーの記事。
うれしそうに「ゲッツ何処に居るかわかる?」
と差し出した写真は・・・
プー!(*≧m≦)=3
わかんないよ!!!!!
(とは言いつつ新聞と一緒に差し出された虫眼鏡でゲッツ探し、見事ピンポイントで当てた)
「ウォーリーを探せ、みたいでしょう?」とうれしそうな母は続けて「近所でもらったの♪」とうれしそうに絵本を見せてくれた。
まんまウォーリーを探せ!じゃん。
新聞で数百人(?)の中からゲッツを探し出した私には簡単かなあ?なんて開いてみると・・・
!Σ( ̄□ ̄|||)
黒いマジックですべてのウォーリーに丸印が・・・。
ランキング7位。ツブアンのホームページは6位。更新サボってるのに・・・感謝。
190位から90位まであがりました。皆さん意外とクリックしてくれていてうれしいです。
私の弟(通称:ゲッツ)が入院した。
もう半年以上前のことだが
しこたま飲んだ次の日入院だったので家族には「急性アル中」だと思われていたがちゃんとした病気だったらしい。
一度だけテツをつれてお見舞いに行った(といっても手ぶらだから見舞いと言うより冷やかしに近い)
それを覚えているテツはいまだに病院を見ると
「ゲッツの病院だねえ」
という。
救急車の音を聞くと
「ゲッツが乗っているの?」と聞く。
弟にその話をすると
「オレは救急車には乗っていない」
と言う(そういう問題ではないのだが)
数日前、彼は酔っ払って電柱に激突し、顔面を数針縫う怪我をした
さぞかし立派な顔になったことだろう
そんな彼も実は二児のパパだ。
姉が言うのもなんだが少し落ち着いたほうがいいと思う
テツが1歳6ヶ月頃。単語をぽつぽつとしゃべりだした頃、弟がテツにある芸人の技を教え込んでいた。
今は懐かしいがダンディ坂野の「ゲッツ」
両手を田舎チョキにしながら「ゲッツ」と叫ぶその単純な技をテツに一生懸命教えていた。
まだ小さかったテツは(今も小さいが)
小さな脳みそで私の弟の「ゲッツ」を一生懸命見て、小さな指を差し出しながら「ゲッツ」というようになったのだ。当時はブレイク中だったので周りで結構ウケた。
ところが同時に衝撃的な事実も判明。
ある日家でアルバムをぺらぺら見ていたテツは弟の写真をさして
「ゲッツ〜♪」と叫んだのだ。
そう。
テツにとって弟の「ゲッツ」の技は
「ぼくの名前はゲッツだよ」と言っている様にみえたらしいのだ。
もうすぐ4歳になるテツはいまだに弟のことを「ゲッツ」と呼んでいる。
そして弟はその呼び名をもちろん嫌がっている
今は懐かしいがダンディ坂野の「ゲッツ」
両手を田舎チョキにしながら「ゲッツ」と叫ぶその単純な技をテツに一生懸命教えていた。
まだ小さかったテツは(今も小さいが)
小さな脳みそで私の弟の「ゲッツ」を一生懸命見て、小さな指を差し出しながら「ゲッツ」というようになったのだ。当時はブレイク中だったので周りで結構ウケた。
ところが同時に衝撃的な事実も判明。
ある日家でアルバムをぺらぺら見ていたテツは弟の写真をさして
「ゲッツ〜♪」と叫んだのだ。
そう。
テツにとって弟の「ゲッツ」の技は
「ぼくの名前はゲッツだよ」と言っている様にみえたらしいのだ。
もうすぐ4歳になるテツはいまだに弟のことを「ゲッツ」と呼んでいる。
そして弟はその呼び名をもちろん嫌がっている
実家にヨン様が来ていた。
つぶあんのダンナと朝ごはんを食べていた。
その脇で一生懸命ご飯を作っている母。
そして白いご飯を箸で食べているヨン様は日本語ベラベラだった・・・
という夢を見た。
これがホントだったら
ソナチアン母はご飯を作るどころか喜びすぎて倒れそうだ・・・側入院だ
こんな夢を見る私って親孝行だよね





